martedì 1 marzo 2016

味覚を超えて(前半)-食

序文:食とワインは歴史的に見て、特に大河文明(チグリス、ユーフラテス、ナイル)と地中海沿岸を始め多くの地域で互いになくてはならないものであった。他に例を見ないほど洗練された食とワインのもたらす相乗効果はかけがえのないものとなり、経済活動を支え人々の生活に感動を与えてきた。ここでは便宜上、食とワインの話題を2つに分けて考えてみたい。

数年前,マサチューセッツ州のウォルサムを訪れた。そこでは食事といえば巨大なハンバーガーやホットドッグ、サンドイッチに同じくラージサイズのドリンクという取り合わせを何度も見た。食事といっても運転中やなにかをしながらで栄養を取るということは後回しで、その日のエネルギーをとるのにしょうがなくしている行為のようだった。
食料品店も訪れた。店の商品の品揃えは素晴らしい(多くがイタリア産)、レストランの食事もワインも同じく目を見張るものだった。強烈な対比をなす社会を見た気がした。

反芻動物からネコ科の動物まで相当な数の種を通じて私はいつも食糧確保の変遷に注意を払ってきた。食べるという事は生命に直結しており必要な餌の確保は動物にとって本能的な事である。狼も猪も抑制することが出来満腹を感じる本能がある。反芻動物は草や潅木を早く吸収するために消化はもっともリラックスしている時に行われる。
これに比べて我々人間は草食動物だけに発達したこの機能になんと不注意/無関心であるのか?単胃動物であるかのように飼育し、呆れるほどのエネルギーの無駄使いで、環境を破壊しそして深刻な結果(狂牛病いや狂っているのは酪農家の方であろう)をもたらした事は言いまでもないだろう。

象にはもっと感動した。最近訪れたクルーガーナショナルパークで象は破壊的で巨大な足取りでサバナの中を自分の餌となるモパネやフサフジウツギ、高タンパクのマメ科植物を探していた。そこで私は人間がいかに多くの土地を奪ってきたか、そしてこれからもそれが続けられその場所固有の環境バランスがどんどん壊されていくことを考えた。


私は人間の進化について考えた。人間の体の基本的な必要性は変わっておらず、進化の過程で過剰なエネルギー摂取も反対に不十分な身体活動も想定されてはこなかった。つまり健康維持は適度な運動にかかっているのだ。

かいつまんで300万年前のホモハビリス20万年前のホモサピエンスの誕生までの間、消化機能にはそれほど大きな変化はなかったもののほかの動物では全く見られないほど大きく脳の進化が進んだ(500㎤から1500㎤)。もちろんこれは大きさだけではなく機能と複雑性の増加も意味する。他の動物と食物を争奪することでヒトは脳を使い石器を生み出すなど創造活動が初めて可能となった。
人類は最初,野菜や果物、穀類から栄養を摂っていたがその後魚や肉も摂るようになりその変化に十分対応する間もなく雑食性となってしまった。人間の唾液にはアミラーゼが含まれるがこの炭水化物のでんぷん消化が行われる。一方
人間の消化機関は野菜の消化はできるが動物性たんぱく質の吸収には限りがある中程度の長さしかない。よく知られているように肉食動物は短く単純な消化機関を持ち消化液のpHは1近く(人間のそれはpH4から5)動物性たんぱく質の消化吸収が早い。つまり人間は消化機関の進化に欠けたそこそこの肉食性だと言える。
マイケル ポランの雑食動物のジレンマでは人類の食べ物の起源から行きすぎた農業活動のもたらした結果、不健康な食生活への答えとしての自然な食品のニーズの高まりや食事がもたらす病気についてなど興味ふかい考察がなされている。
より賢く健康に食べる事は健やかでよりよく生きるため経済的見地から重要な鍵となる。食生活は地域によって様々だが食事が健康へもたらす影響を科学的に証明しようと試みられれてきた。その代表的なものがザ チャイナスタディーであり食習慣と病気に関する関係を解明しようとしたものである。

そこで自然と考えたくなる。なぜ西洋世界で過去数十年の間に味覚が往々にして健康に悪いものを嗜好するようになったのか?
なぜ栄養価的には価値のない行きすぎた加工食品が我々の食生活に欠かせないものとなったのか?
今、食品の味や美味しさ、作物の多様性の重要性に気づきそのパラダイムを変得る時だ。自然の中では単一なものなど存在せず限りなく複雑なのだ。
農業投資は土地の生産性向上を主眼としており土壌の健全性は考慮されていない。しかし土壌の健全性こそが作物の品質を決定づける。
人間の体もその結果を感じ初めている。体に良くない食品を作り出す事で相当に環境を破壊し自身の健康をも害し初めているのだ。
本来の味の多様性を味わい、食品がもたらす恩恵を受ける事で啓蒙につながり食文化を広げる事が出来る。美味しく自然な食品は薬の助けともなり得る。
古代ギリシャのピタゴラスが言った「食を薬となせ」という言葉を忘れてはなるまい。

(Foto)
パンとイチジク。壁画 エルコラーノ西暦79年 ナポリ国立考古学博物館蔵

このような素晴らしい食に対する考え知るにつけ私たちは先人の教えについて深く理解出来ていない事が分かる。特に西洋社会は食べ過ぎで特に動物たんぱく質を過剰にとりすぎておりこのままでは健康を深刻に害する恐れがある。
我々はより健康な食生活のためにもっと野菜についての知識を深めるべきだ。
体に良い食品は健康を増進し体を助ける正しい栄養の知識をもっと身につけるべきだ。ワインに関してもこのような観点から考慮されるべきである。


ロレンツォコリーノ
日本語訳 川村武彦






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